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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)426号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 山田桂吾

右訴訟代理人弁護士 平岩敬一

右訴訟復代理人弁護士 山本英二

被控訴人(附帯控訴人) 橋本勲

右訴訟代理人弁護士 五三雅彌

同 後山英五郎

主文

一  被控訴人(附帯控訴人)の請求の減縮及び控訴人(附帯被控訴人)の控訴に基づき原判決主文第二項(二)及び第三項を次のとおり変更する。

1  原判決別紙物件目録記載の自動車の引渡しの強制執行が不能の場合、控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金五〇万円及びこれに対する強制執行が不能に帰した日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金五〇万円及びこれに対する平成元年一一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人(附帯控訴人)のその余の反訴請求を棄却する。

二  控訴人(附帯被控訴人)のその余の控訴を棄却する。

三  控訴人(附帯被控訴人)の当審における新たな請求を棄却する。

四  被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

五  訴訟費用(附帯控訴費用を含む。)は、第一、第二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

六  この判決は、被控訴人(附帯控訴人)勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

(一) 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の自動車について所有権移転登録手続をせよ。

(二) 被控訴人の反訴請求を棄却する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成元年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(当審における新たな請求)。

3  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人の当審における新たな請求を棄却する。

3  原判決主文第二項(二)及び第三、第四項を次のとおり変更する。

(一) 原判決別紙物件目録記載の自動車の引渡しの強制執行が不能の場合、控訴人は、被控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する強制執行が不能に帰した日の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え(請求の減縮)。

(二) 控訴人は、被控訴人に対して、金八〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え(附帯控訴による請求の拡張を含む。)。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求の原因

1 矢作茂(以下「矢作」という。)は、もと原判決別紙物件目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を所有していた。

2 矢作は、昭和五六年三月頃、被控訴人に対し、本件自動車の売買を委託し、これを売却する権限を与えた。

右権限には、中古自動車販売業者である被控訴人が自己の名で売却する権限のほか、本人である矢作のためにすることを示さないで本件自動車を売買する権限(代理権)を含んでいた。このことは、中古自動車販売の実情(自動車の所有者が誰であるかは、さほど重要な事柄とされていない。)及び商法五〇四条の規定に照らして当然というべきである。

3 被控訴人は、同年四月頃、甲野太郎(以下「甲野」という。)に対し、本件自動車の売買を委託し、これを売却する権限を与えた。

右権限についても、前項と同様である。

4 控訴人は、昭和五六年七月一八日頃、甲野との間で、本件自動車を同人から代金五五〇万円で買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、その引渡しを受けた。

5 仮に甲野において本件売買契約を締結するについて代金額等の点に関し前記権限を越えていたとしても、矢作は民法一一〇条の規定の適用ないし類推適用によって甲野の行為について責任を負い、控訴人は、右契約により本件自動車の所有権を取得した。

すなわち、中古自動車の販売業者間における売買については、商慣習として当該自動車と自動車検査証(以下「車検証」という。)、譲渡証明書等の関係書類を受け渡すことによって取引がされているところ、中古自動車の販売業者である控訴人は、本件売買契約締結に当たり同業者である甲野から本件自動車及び右関係書類のすべてを受け取った。また、売買代金額の点についても関係書類には指値を記載したものはなく、甲野からも何の話もなかった。したがって、控訴人には甲野に前記代金額等により本件自動車を売買する権限があると信ずるについて正当事由がある。

6 仮に被控訴人が甲野に本件自動車を売却する権限を与えていなかったか、一度与えた権限を撤回したとしても、被控訴人は本件自動車及び関係書類を甲野に引き渡すことにより同人に対し本件自動車の処分権限を与えた旨表示しているから、矢作は民法一〇九条若しくは一一二条の規定の適用又はその類推適用により前記甲野の行為につき責任を負い、控訴人は、本件売買契約により本件自動車の所有権を取得した。

7 本件自動車は昭和五七年三月八日付けで被控訴人名義に登録されている。

8(一) 本件自動車の車検は昭和五九年四月二六日失効したが、本件自動車の所有名義が被控訴人であったことから、新たに車検を取るためには被控訴人の同意が必要であった。

(二) そこで、原審の同年七月一六日の口頭弁論期日において、控訴人は、被控訴人に対し、中間的和解の提案として、新たに車検を取り本件自動車を整備して常時走行することができるようにしておかなければそのまま整備しないで放置しておくことにならざるをえないが、そうなれば著しく価値を損なうことになるので車検を取ることに同意するよう求めた。しかし、被控訴人は、同年同月二〇日の口頭弁論期日において、これを拒否した。

(三) その結果、控訴人は、本件自動車を良好な状態で整備し、保管することができなくなった。

9 本件自動車の昭和六三年七月現在の取引価格は金三八〇万円程度であるのに、本件自動車の平成元年二月当時の価額は金五〇万円を越えない。その減価の理由は、保管状態が悪く、整備不良のためである。

10 よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件自動車の所有権に基づき所有権移転登録手続を求めるとともに、本件自動車の良好な保存管理を妨げその価値を減少させた不法行為による損害の賠償として本件自動車の右減価相当損害金三三〇万円及びこれに対する訴え変更の書面交付の日の翌日である平成元年九月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因1、7、8(一)、同(二)の事実中被控訴人が原審口頭弁論期日において控訴人から車検を取ることの同意を求められこれを拒否したこと及び9の各事実は認めるが、その余の事実はすべて否認し又は争う。

被控訴人は、矢作から本件自動車を売却するについて代理権を与えられたにすぎないのであるから、甲野に対し、これを自己の名で、あるいはその所有者として他に売却する権限を与えることはありえない。

また、控訴人は、本件自動車の所有者が矢作であり、被控訴人が同人からその売却の依頼を受けていたこと、甲野が中古自動車の展示場を開くに際し、被控訴人から右自動車を借りたにすぎないことを認識していたから、控訴人が甲野に右自動車を売却する権限があると信じたということはありえない。

更に、本件売買契約締結当時、本件自動車の車検証の所有者欄には「ビッグモータースカブシキガイシャ」と記載されていたことなどからして、控訴人が甲野に右自動車を自己の名で売却する権限があると信じたことには過失があり、正当な事由があるとはいえない。

三  抗弁

1 矢作は、もと本件自動車を所有していた(ただし、本件自動車の登録名義は、ビッグモータース株式会社(以下「ビッグモータース」という。)となっていた。

2 被控訴人は、昭和五七年三月初め頃、矢作との間で、当時被控訴人が同人に負担していた本件自動車に関する損害賠償義務の履行を原因として、損害賠償者の代位に類似する本件自動車の所有権移転の合意をし、本件自動車の所有権を取得した。

すなわち、被控訴人は、昭和五六年三月頃、矢作から本件自動車の売却の依頼を受けていたところ、同年八月一〇日頃、甲野から右自動車を代金六八〇万円で売却することを斡旋する旨の虚言を弄されて、右自動車を詐取された。

そこで、矢作に対して、損害賠償責任を負担することとなった被控訴人は、同人との間で、損害賠償金四五〇万円を支払うことで本件自動車の所有権を被控訴人が取得する旨の合意をした。

3 被控訴人は、昭和五七年三月八日、中間省略手続により、ビッグモータースから本件自動車の所有権移転登録を受けた。

四  抗弁に対する認否

1及び3の事実は認めるが、2の事実は不知。

五  再抗弁

被控訴人は、甲野に本件自動車及びその所有権移転の対抗要件具備に必要な一切の書類を引き渡すなど本件売買に深く関与しており、その役割から本件売買における譲渡人に近接した地位を持つものであるところ、控訴人が右自動車の登録名義を取得していないことを奇貨として、ビッグモータースから再度印鑑証明書等を得たうえ、車検証を紛失したなどと虚偽の事実を申告して本件自動車を自己名義に登録したものであるから、いわゆる背信的悪意者として、控訴人に対して対抗要件の欠缺を主張することはできない。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

背信的悪意者とは、物権変動の過程において、第一の買受人が対抗要件を具備していないときに、それを奇貨として、第一の買受人の利益を不当に侵害する目的でこれを買い受けた第二の買受人を意味し、したがって、それは第二の買受人に反倫理性又は公序良俗違反が強く認められる場合である。ところで、被控訴人が本件自動車の所有権を取得した経緯は前記のとおりであって、そこには何らの反倫理性も公序良俗違反も認められないから、被控訴人が背信的悪意者に当たるとの控訴人の主張は失当である。

(反訴)

一  請求の原因

1 本訴抗弁のとおり。

2 控訴人は、昭和五六年八月以降本件自動車を占有している。

3 本件自動車の昭和五六年当時の取引価額は少なくとも金八五〇万円、同五七年当時の取引価額は金七八〇万円、昭和六三年七月当時の取引価額は金三八〇万円を下らなかったところ、控訴人の保管の状態が悪かったため、平成元年二月当時の価額は、最高額に見積もっても金五〇万円を越えない。

4 よって、被控訴人は、控訴人に対して、本件自動車の所有権に基づいてその引渡しを求めるとともに、仮に本件自動車の引渡しの強制執行が不能に帰した場合には、本件自動車の所有権侵害による損害賠償として金五〇万円及びこれに対する引渡しの強制執行が不能に帰した日の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、更に、本件自動車を使用し又は処分することができなかったことによる損害賠償として金八〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和五九年一一月三日から支払ずみまで同様年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求の原因に対する認否

1 1項に対する認否は、本訴抗弁に対する認否のとおり。

2 2項の事実は、認める。

3 3項の事実中、本件自動車の昭和六三年七月当時の価額が金三八〇万円であり、平成元年二月当時の価額が金五〇万円を越えないものであることは認めるが、その余は否認する。

昭和五六年当時の本件自動車の価額は六八〇万円程度であった。

また、自動車は経年変化により当然減価するものであり、この減価を控訴人に転嫁することは許されない。

更に、本件自動車の保管状態の悪化及び整備不良の原因は本訴請求の原因8項記載のとおりであって、そのことによる減価の責任は被控訴人にあり、これを控訴人に帰することはできない。

4 4項は、争う。

四  抗弁

1(一) 本訴請求の原因1ないし6のとおり。

(二) 本訴再抗弁のとおり。

2 仮に被控訴人に損害が生じているとしても、被控訴人は、甲野から、本訴に関し、手付流れとして当初金八〇万円、損害賠償として刑事事件になってから金二〇〇万円、昭和六〇年一一月一一日金二〇〇万円、合計金四八〇万円を受け取っているから、その限度で損害は補填されている。

五  抗弁に対する認否

1(一) 1項の(一)の認否は、本訴請求の原因1ないし6に対する認否のとおり。

(二) 同(二)の認否は、本訴再抗弁に対する認否のとおり。

2 2項の事実中、被控訴人が控訴人主張の金額の金員を甲野から受領したことは認めるが、その金員受領の趣旨は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

第一本訴請求について。

一  請求の原因1、7の事実は、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人は、昭和五六年当時、ビッグモータースに勤務し、中古自動車の販売仲介等の仕事に従事していたが、同年三月頃、顧客である矢作から、同人がかつて被控訴人の仲介により購入した本件自動車(その登録名義はビッグモータースのままとなっていた。)を代金六〇〇万円以上で売却してほしい旨、個人として売買の委託を受け、右自動車の引渡しを受けた。被控訴人は、同年四月頃、同じく中古自動車の販売仲介業を営んでおり、従来から取引のあった甲野に対し、本件自動車の売却の仲介方を依頼してこれを引き渡し、甲野は売買契約を成立させ買主から手付金一〇〇万円を受け取ったが、甲野側の事情でキャンセルとなり、本件自動車は一旦被控訴人のもとに戻った。

2  その後、同年七月一〇日頃、被控訴人は、甲野からの本件自動車を買いたい者がいる旨の話を受けて、同人に対し、これを代金六八〇万円で売却してほしい旨の売買の委託をし、同時に本件自動車とその所有権移転登録手続に必要な本件自動車の車検証、譲渡証明書、委任状、印鑑証明書(所有者ないし譲渡人をビッグモータースとするもの)等関係書類一式を同人に渡した。もっとも、当時、多額の負債を抱え、資金に窮していた甲野は、当初から被控訴人を騙して本件自動車を売却し、その代金を自己の用途に充てるつもりであり、被控訴人から委託された趣旨に従った売買をするつもりはなかった(同人は、後日、この件により被控訴人から告訴され、本件自動車を詐取したとして、詐欺罪により有罪の判決を受けた。)。

3  当時、中古自動車の販売仲介業をしていた控訴人は、昭和五六年七月一八日頃、かねてから取引のあった甲野から本件自動車の所有者であるとして同人を売主とするその売却方の申込みを受け、同人を所有者と信じ、同人から買い受けるものとして、代金を五五〇万円とし、そのうち二〇〇万円は同人に対する控訴人の貸金債権と相殺することとして、同人との間に本件自動車の売買契約(本件売買契約)を締結し、本件自動車及び前記関係書類と引換えに、同人に三五〇万円を支払った。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  右認定の事実によれば、矢作は、昭和五六年三月頃、被控訴人に対し、六〇〇万円以上でとの指値のうえで、本件自動車を売却するための売買の委託(代理権を伴う委任と解される。)をし、次いで、被控訴人は、同年七月一〇日頃、甲野に対し、六八〇万円との指値で、本件自動車を売却するための売買の委託(前同様の性質と解される。)をしたこと(それは前記のとおり甲野に欺罔された瑕疵のある意思表示に基づくものであるが、その効力は有効と解される。)、しかるに、甲野は、自己が本件自動車の所有者であると称し自己を契約当事者として、右委託(委任)の本旨に反し代金五五〇万円で控訴人と本件自動車の売買契約(本件売買契約)を締結し、右代金の一部と自己の債務とを相殺したこと、控訴人は、右契約締結に当たり、甲野が本件自動車を占有しかつ前記関係書類を所持していたことから、同人を本件自動車の所有者であり、売主として売却の権限を有するものと信じたことが認められる。

ところで、被控訴人が復委任(または復代理人の選任)をする権限があったかどうかはしばらくおき、被控訴人及び甲野は中古自動車の販売仲介業者として本件自動車の売買の委任(及び代理権の授与)を受けていたのであるから、その委任(及び代理権の授与)は中古自動車の通常の販売方法に従った売買の委任(及び代理権の授与)の趣旨であったと解される(なお、《証拠省略》によれば、矢作は歯科医師であったと認められ、商人であったと認めることはできず、被控訴人又は橋本の代理行為は本人である矢作のために商行為となるものではないから、これに商法五〇四条の適用はないものと解される。)。《証拠省略》によれば、中古自動車の売買においては、当事者が自動車と所有権移転登録に必要な関係書類とを所持していれば真の所有者が誰であるかまでを調査することなく取引が行なわれ、したがって、契約締結に当たり当該自動車の真の所有者が誰であるかは必ずしも重要な事項とされていないことが認められる。そうすると、本件自動車の売却について被控訴人及び甲野が有していた権限の内容としては、同人らが代理人として売買契約を締結する場合には本人(所有者)である矢作のためにすることを明らかにすることは必ずしも必要とされず、また矢作のために自己の名において(自己が契約当事者として)契約を締結することも許されていたものであり、売買契約締結に当たり、代理人としてこれを行うかあるいは自己の名において行うかは、その裁量に任されていたものと解するのが相当である。そして、被控訴人又は甲野が自己の名をもって売買契約を締結した場合には、それが委託(委任)の本旨に従ったものである限り、被控訴人又は甲野と矢作との内部関係においては、前記売買契約の効力は矢作に及ぶ(被控訴人又は甲野が相手方と売買契約を締結したときに改めて矢作から所有権を移転するための契約を締結するまでもなく本件自動車の所有権が相手方に移転し、相手方から売買代金の支払を受けたときは直ちにその所有権は矢作に帰属する。)旨の黙示の合意(特約)があったものと解されるが、右売買契約が委託の本旨に従ったものでないときには(例えば指値より廉価に売却した場合)、右内部関係において当然にはその効力は及ばない(前記の意味において)ものと解すべきである(同じく委任の性質を有する問屋についての商法五五四条の規定の趣旨に徴しても、そのように解するのが相当である。)。甲野は、前記のとおり、自己の名で(契約の当事者として)控訴人と売買契約を締結したものであるが、委託の本旨に反し(矢作から六〇〇万円以上、甲野から六八〇万円の指値があったにもかかわらずそれより廉価で)本件売買契約を締結したものであるから、甲野と矢作の内部関係においてその効力は矢作には及ばず(前記の意味において)、控訴人は甲野らを通じ直ちには(甲野が改めて矢作から所有権を取得すればともかく)矢作から本件自動車の所有権を取得することはできないものというべきである。

控訴人は、民法一一〇条等の規定の適用又は類推適用により、甲野を本件自動車の所有者であり、その完全な売却権限があると信じて本件売買契約を締結した控訴人は保護されるべきであると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、甲野は、本件売買契約締結に当たり、みずから契約当事者である売主として行動し代理人として行動したわけではなく(前示のとおり、甲野が与えられた権限のなかには本人のためにすることを示さないで代理人として契約を締結する権限も含まれていたものというべきであるが、甲野は本件売買契約締結に当たり、自己に対する債権と代金債権を相殺する等代理人としてはなしえない行動をとっているので同人が代理人として行動した(代理意思を持って契約を締結しようとした)とみることはとうていできない。)、控訴人も甲野を代理人と信じていたわけではなく契約当事者と考えていたのであるから、甲野の行為について民法一一〇条等の表見代理に関する規定を直接適用する余地はない。

本件において、前記認定のとおり、甲野は被控訴人を通じ矢作から委任を受けたその本旨に反し(いわばその権限を越えて)本件売買契約を締結したものであり、控訴人も、前記のような中古自動車の取引の実態及び甲野が本件自動車を占有し所有権移転登録に必要な書類を所持していたところから、甲野が本件自動車の所有者であり完全な処分権限を有すると信じて本件売買契約を締結したものと認められ、したがって、代理人がその権限を越えた行為をした場合に本人の責任を認める表見代理の規定の類推ないしその法理の適用を検討する余地がないわけではない。

しかしながら、右表見代理の各規定は、表見代理人の行為を通じて相手方と本人(本件では控訴人と矢作)との間に直接の法律関係を生じさせる規定であるところ、本件売買契約における甲野の行為は契約当事者の行為として相手方である控訴人と甲野との間に法律関係を生じさせるものであり、控訴人と本人である矢作との間に直接の法律関係を生じさせるものではないから、本件売買契約に右各規定を類推適用することは必ずしも相当でない(なお、同じく委任の性質を有する問屋について、商法五五二条は、問屋と委託者との間においては民法の代理の規定を準用しているが、相手方と委託者との間においては代理の規定の準用をしていない。)。

また、取引に当たり売主である契約当事者を所有者であり完全な処分機能を有すると信じて契約をしたところそれが所有者でもなくまた完全な処分権能を有しなかった場合において、右外観を信じた相手方当事者である買主が善意であったときでも、即時取得の規定又は民法九四条二項の規定等により保護される場合を除いては、その外観の信頼について買主は当然に保護されることになるものではなく、所有権を取得することができないことについての解決は契約当事者間においてされるべきものであり(売買契約自体は無効ではない。)、当事者の背後にある者(委託者)に対し相手方との関係において契約の効力を及ぼすことは相当ではないというべきである(元来、右のような契約の場合の保護は、表見代理の規定の目的とするところではないと解される。)。

なお、代理人が直接本人の名において権限外の行為をした場合において、相手方がその行為を本人の行為と信じたときは、そのように信じたことについて正当な理由がある限り、民法一一〇条を類推して本人はその責めに任ずるものと解されるが、その場合は、代理行為の一形式として代理人が直接本人の名で行為したことが認められることが前提であるところ、本件においては橋本は本人である矢作の名ではなく、みずからの名で売買契約を締結しているのであるから、右の場合とは事案を異にするものというべきである。

したがって、本件について表見代理の規定の類推ないしその法理の適用もないものというべきである。

四  そうすると、控訴人が本件売買契約により本件自動車の所有権を取得した旨の主張は採用することができないから、控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、これを棄却すべきものである。

第二反訴請求について

一  本訴抗弁1及び3の事実(矢作が本件自動車を所有していたこと及び被控訴人が本件自動車の所有権移転登録を了したこと)並びに控訴人が昭和五六年八月以降本件自動車を占有していることは、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

昭和五七年になって、被控訴人は、本件自動車の所有者の矢作との間で、本件自動車を甲野に詐取されたことによる損害賠償として、被控訴人は矢作に対して四五〇万円を支払い、本件自動車の所有権を取得する旨の合意をした(被控訴人は昭和五七年中に矢作に対して右金員を支払った。)。そして、被控訴人は、同年三月八日付けで本件自動車の所有名義を被控訴人に登録する手続きを了し、本件自動車の車検証の再交付を受けた。

右事実によれば、被控訴人は、本件自動車の所有者である矢作からその所有権の移転を受け、登録手続を了したことが認められる。

三  抗弁1については、本訴請求について判断したとおり、控訴人が本件自動車の所有権を取得した事実を認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、採用することができない。

四  そうすると、控訴人は被控訴人が本件自動車の所有権を取得した昭和五七年三月八日から本件口頭弁論終結時まで、本件自動車を権原なく占有していることになるから、控訴人は被控訴人がこれにより被った損害を賠償すべき義務がある。

そこで被控訴人の被った損害について検討すると、被控訴人は、控訴人の右占有により本件自動車の所有権を取得した当時直ちにこれを売却処分することができず(前記認定のとおり、被控訴人は中古自動車の販売仲介をしていた者であり、本件自動車を取得した場合直ちにこれを転売することになったものと推認される。)、控訴人から引渡しを受けることによりその完全な処分ができることになり、前記控訴人が権原なく占有した期間の本件自動車の減価額相当の損害を被ったものと認められる。

ところで、昭和五六年七月当時被控訴人は本件自動車を六八〇万円で売却しようとしていたこと、甲野もその価額で売却の委託を受けていたことに徴して、右当時本件自動車の価額は六八〇万円であったと認めるのが相当である(もっとも、《証拠省略》を総合すると、昭和五六年当時本件自動車と同一車種の中古自動車の一般的な取引価格は八五〇万円程度であったと認めるのが相当であるが、中古自動車の価額は、その使用の程度、損傷の有無等により必ずしも同一ではなく、《証拠省略》によれば本件自動車は追突事故により損傷を受け修理をしたこともあることが認められること等に照らすと、本件自動車については、前記実際の取引価額を基準とするのが相当である。)。そして、右価額と《証拠省略》を総合すると、被控訴人が本件自動車の所有権を取得した昭和五七年三月当時の本件自動車の価額は六〇〇万円であったと認めるのが相当である。

次に、昭和六三年七月当時の本来の本件自動車の取引価格が三八〇万円程度であることは当事者間に争いがないが、《証拠省略》によれば、平成元年五月当時に本件自動車と同一車種の中古自動車で三四八万円で販売されているもののあることが認められる一方、《証拠省略》によれば、同年四月当時の本件自動車と同一車種の中古自動車の一般的な取引価格は一六〇万円ないし二一〇万円であると認められること等を考慮すると、本件口頭弁論終結時における本件自動車の本来の価額は三〇〇万円と認めるのが相当である。

また、本件自動車の平成元年二月当時の実際の価額が五〇万円を越えないこと及びその減価の理由が保管状態が悪かったことによるものであること(その責任がいずれにあるかは別として)は、当事者間に争いがない。したがって、本件口頭弁論終結時における本件自動車の実際の価額も五〇万円であると認めるのが相当である。

そうすると、被控訴人が本件自動車の所有権を取得した昭和五七年三月から本件口頭弁論終結時までの本件自動車の減価額五五〇万円中、経年変化及び通常の使用によるものは三〇〇万円であり(この損害については、権原がないのに本件自動車を占有し被控訴人の即時の処分を妨げた不法行為により生じたものとして、控訴人が全面的に責任を負うべきである。)、保管の状態が悪かったことによるものは、二五〇万円である。

右の保管の状態が悪かったことによる損害は、基本的には、権原なく悪意で(所有権に基づく本訴で敗訴した控訴人は本訴の提起のときにさかのぼって悪意と見なされる。)これを占有していた控訴人の責に基づく毀損と推認されるから、控訴人に責任があるものと考えられる。しかしながら、自動車は実際に走行させないで長期間放置しておくと傷みが一層激しくなり価値が下がることは顕著な事実であり、本件自動車の車検が昭和五九年四月二六日失効したところ(したがって本件自動車を走行させることができなくなった。)本件自動車の所有名義が被控訴人であったことから新たに車検を取るためには被控訴人の同意が必要であったこと、及び控訴人が原審の口頭弁論期日において中間的な和解の提案として新たに車検を取り本件自動車を整備して常時走行することができる状態にしておくため被控訴人に車検を取ることの同意を求めたところ被控訴人がこれを拒否したことは当事者間に争いがなく、そのことが本件自動車の整備を行い難くしその状態を一層悪化させる原因となったことも否定することができないから、右の被控訴人の態度も損害の拡大に寄与したものというべきであって、衡平上これを斟酌すべきであり、その割合は諸般の事情を考慮し四割と認めるのが相当である。したがって、右保管の状態が悪かったことによる損害中控訴人の責任に帰するものは一五〇万円である。

そうすると、被控訴人の被った損害額は、四五〇万円である。

五  そこで、控訴人の抗弁2(損害の補填)について判断する。

被控訴人が控訴人主張の金員を甲野から受領していることは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、控訴人主張の当初の八〇万円は、前記第一の二の1認定の昭和五六年四月頃の最初の仲介方の依頼に基づく売買契約(本件売買契約とは別のもの)の手付金として買主(控訴人とは別人)から受け取った一〇〇万円のうちから、甲野が被控訴人に交付したもので、その後買主の都合により解約されたため手付流れとなったものであると認められ、本件契約に関して交付されたものではないから、これを前記損害の補填に充てられるべきものと認めることはできない。

次に、甲野の刑事事件(前記第一の二の2認定の本件に関し被控訴人の告訴により詐欺事件として起訴され有罪となったもの)の際に交付された二〇〇万円は、《証拠省略》によれば、本件売買契約に関し被控訴人が被った損害の賠償の一部として交付されたものと認められる。

また、昭和六〇年一一月一一日に交付された二〇〇万円については、《証拠省略》によれば、当時控訴人と被控訴人との間で行われていた本件売買契約に関する紛争についての和解において、被控訴人が控訴人から本件自動車の引渡しを受ける交渉をするについて、被控訴人が控訴人に支払うべき和解金を甲野が負担する趣旨で交付したものと認められ、右和解書には和解が成立しなかった場合については(弁論の全趣旨によれば右和解は成立しなかったものと認められる。)特に明示の定めは認められないが、右交付の趣旨は、結局、本件売買契約に基づき被控訴人が被る損害を補填する趣旨に帰するものであるから、右金員も、前記被控訴人が被った損害の賠償の一部に充てられるべきものであると認めるのが相当である。

そうすると、控訴人の抗弁2は、四〇〇万円の限度で理由がある。

六  以上によれば、被控訴人の反訴請求は、(一)本件自動車の引渡しを求める部分、(二)右引渡しの強制執行が不能の場合五〇万円及びこれに対する強制執行が不能に帰した日の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、(三)控訴人が不法に本件自動車を占有したことによる損害賠償として五〇万円及びこれに対する右不法行為による損害発生の日である平成元年一一月一四日(被控訴人の損害は本件口頭弁論終結の日までに本件自動車の価値が減じたことによるものであるから、本件口頭弁論終結の日である同日に発生するものというべきである。)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分の限度で正当であるからこれを認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

第三結論

よって、右と異なる原判決主文第二項(二)及び第三項を本判決主文第一項のとおり変更し、控訴人のその余の控訴及び当審における新たな請求並びに被控訴人の附帯控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

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